同僚のミスをフォローした。締切に間に合わなかった資料を代わりに仕上げて、上司には「みんなで協力して完成させました」と報告した。

でも当の本人からは「ありがとう」の一言もない。むしろ、それが当然のことのように受け取られている。次の日も、また同じようなことが起きそうな予感がする。

「助け合いは大切」と思ってやったことなのに、なんだかもやもやした気持ちが残る。感謝を求めてやったわけではないけれど、全く反応がないのも寂しい。

こういうことが続くと、「なぜ自分ばかりが」という気持ちになる。他の人は困っている人を見ても素通りしているのに、自分だけがお人好しなのではないかと思ってしまう。

でも、よく考えてみると、自分がフォローしたのは相手のためだけではなく、チーム全体のためでもあった。プロジェクトが遅れることで、みんなに迷惑がかかることを避けたかった。

感謝されるかどうかは、相手次第だ。コントロールできないことに期待しすぎると、がっかりすることが多くなる。自分が正しいと思ったことをやったのなら、それで十分なのかもしれない。

ただし、同じ人が繰り返し同じようなミスをするなら、フォローするばかりではなく、根本的な解決策を考えた方がいいのかもしれない。優しさが甘やかしになってしまうこともある。

今日の教訓

人をフォローすることの価値は、感謝されるかどうかで決まるものではない。ただし、同じことが繰り返されるようなら、根本的な解決策を考えることも必要。優しさと甘やかしの境界線を見極めよう。