徹夜で仕上げた企画書を、上司はさらっと見ただけで「はい、お疲れさま」と言った。

これだけ時間をかけて、何度も修正して、やっと完成させたのに。もう少し内容について話し合ったり、頑張りを認めてもらえたりするかと思っていた。でも、まるで日常業務の一つのように扱われてしまった。

努力の過程は見えないものなのかもしれない。結果だけが評価されて、そこに至るまでの苦労は見てもらえない。それが当たり前なのかもしれないけれど、やっぱり寂しい。

もしかすると、相手は忙しくて、じっくり見る時間がなかったのかもしれない。あるいは、自分が思っているほど大変な作業ではないと思われているのかもしれない。

でも、自分にとっては精一杯の努力だった。不慣れな作業で、調べながら、試行錯誤しながら作り上げた。その過程にも価値があると思いたい。

努力が軽く扱われても、その努力自体に意味がなくなるわけではない。スキルは確実に向上したし、経験も積めた。次回は、もっと効率よく作業できるはずだ。

他人からの評価だけが努力の価値を決めるわけではない。自分が頑張ったという事実は、誰にも否定されない。その積み重ねが、将来の自分を作っていく。

承認欲求を完全になくすことはできないけれど、それに依存しすぎないように気をつけよう。自分なりに精一杯やったことを、まずは自分で認めてあげよう。

今日の教訓

努力が軽く扱われても、その努力の価値は変わらない。他人の評価に左右されず、自分が頑張ったことをまず自分で認めよう。その積み重ねが確実に自分の成長につながっている。